ドクターズインタビュー

地域医療の魅力は
白いキャンパスに理想とする医療を描けること

慈泉堂病院 理事長
鈴木 直文  先生

大子町での取り組みは30年以上

私は福島県塙町の出身ですが、聖マリアンナ医科大学大学院を卒業した後は同大学付属病院に勤務していました。
そして、茨城県北西部に位置している大子町(だいごまち)に慈泉堂病院を開設したのは、30代後半となった1989年11月4日のことでした。

以後、30年以上にわたり大子町周辺の地域医療および24時間体制の救急医療を担ってきました。その行動を評価していただいたのか、2021年には日本医師会の赤ひげ大賞を受賞する機会にも恵まれました。
そうした長年の経験から、地域医療について私が感じていることをいくつかご紹介します。

地域医療の本質は“地域の特性”を知ること

大学病院の本分は教育と研究、そして臨床の場であることですが、一方で地域医療の本質は臨床です。そして、その臨床において重要なのは、“地域の特性”を知ることだと思います。

地域医療では一人の患者さんの診療に総合的判断を求められることとなりますが、診断に困っても診療の場に指導してくれる師は存在しません。ですから私は、患者さんこそが師であると考えています。

また、地域医療では急患に対して適切な初期診断・初期対応を求められるため、基幹病院との円滑な連携も重要です。

そこで地域特性を知ることの重要性を感じてもらうため、大子町の状況を例としてご紹介します。

表1は、過去2年間に当院に搬送された急患患者さんの一部を示しています。
大子町は人口16,000人前後の小さな町ですが、年間250~300件あまりのさまざまな救急患者さんを当院で収容しており、この表から大子町ならではの症例がいくつか見えてきます。

一つは主にマムシによるヘビ咬症です。
実際は患者さんを咬んだと思われるヘビの実物がないことが多いので、診断や治療に苦しむことがあります。

また、大子町北部の福島県との県境には茨城県最高峰の八溝山(やみぞさん:標高1,022m)があり、登山コースも整備されているので登山客も多いのですが、滑落事故などが時々あり、救急で運ばれた多発外傷の患者さんを診察・治療することがあります。

3つ目は、腹部大動脈の破裂やくも膜下出血、あるいは心筋梗塞を発症したとしても救急車で運ばれることを嫌い、一般外来に歩いて来られたケースを経験したことです。
人に迷惑をかけたくないという思いなのか、そこに大子町らしさを感じることもありました。

表にある症例のうち、特に中枢疾患や心・血管系、多発外傷、あるいは主に内蔵損傷を伴う合併症がある患者さんについては当院で適切な処置をしたうえ、隣接地域の基幹病院へ搬送しています。

地域特性がもたらす訪問診療の必然性

さらに地域的な特殊性をあげるとすると、大子町は茨城県全体の約20%という広大な面積を占めていますが、大半が山地なので基幹産業が少なく、農業や林業の地場産業が主となっています。

また、人口の45%以上(2021年4月現在)を65歳以上の高齢者が占める超高齢化社会であるという特性があります。人口流出が年間350~400人程度であるのに対し出生数は100人以下であり、独居もしくは老々夫婦世帯数が全体の約25%を占めています。

さらに、先述のとおり地場産業が主なので年間の平均所得が高いとはいえず、山間部には公共の交通機関が及ばない集落が多数あります。

こうした大子町の特性から、地域医療においては必然的に在宅医療が増えていきます。
私自身も月間の実数で50~60軒、月延べ100件前後の訪問も担っているのが実情です。

図①は、その訪問時に往診カバンに入れて必ず持参している検査道具です。
聴診器以外に、ポータブル超音波装置、心電計、SARS CoV-2抗原抗体測定装置、血圧計、非接触型体温計、そしてパルスオキシメーターなどで、必要に応じて随時使用しているものです。

簡単ではありますが以上が、実際に私が行っている医療に対する姿勢と診療の内容となります。

予防できる環境づくりが、私の最後の使命

私はこの先何年、この地域で医療に携われるかは分かりませんが、行政や医師会の指導のもとタイアップもしながら、次のような医療に引き続き取り組んでいきたいと考えています。

それは“脳卒中や心筋梗塞とはなんぞや”、“がんはなぜ発生するのか”といった、本当に基本的なことです。難しい話ではなくて、“もっと身近に脳卒中を診てみたい、そして予防に取り組みたい”という思いです。

心筋梗塞についても、やはり発症してから治療するということではなくて、心筋梗塞を起こさないような環境づくりに取り組んでいきたいと思うのです。

がんも最初から手に負えないものが発生するのではありません。やはり、小さなものがついつい見逃されて、大きくなって手に負えない状況になるわけなので、そこを何とか早い時期で見つけてあげることによって、大事に至らないような環境づくりができるかどうか、というのが最後に残された私の仕事かと考えています。

そのためにはもう一歩踏み込んで、食生活や日常生活にもアプローチする形をとりながら、その人が将来、脳卒中を発症するリスクがどのくらい高いのかということを見極め、発症する前に検査をご案内できるような、そんな環境を実現したいのです。
そこから先は水戸市や日立市にあるような基幹病院にお任せすればいいわけですから。

手術のような派手さはありませんが、やはりそれが大事な使命だと私は考えています。

大子の町を歩くと、消防本部の前には「火災0」の垂れ幕が、警察なら「交通事故死0」の垂れ幕が目に入ります。
一方で、「がん死0」といった垂れ幕を出している病院なんてどこにも見当たりません。

しかし、“たとえ1年間でもいいから大子町でがん死ゼロの年をつくりたい”というのが、今の私にとってのささやかな願いです。

自分のキャンパスに、理想とする医療を描いてほしい

開業医の魅力は、やはり自分が思い描くような医療ができるということでしょう。
病気に対する集大成というか、病気に対してどのような考えを持って患者さんをどのようにしたいのかということをリアルタイムに体験できます。

例えるならば、一つの大きなキャンパスに自分で絵を描くような、それが開業医だと私は思っています。

患者さんを診療する、ただそれだけの話ではなくて、やはり病気に対してどのように知識を生かし、病気に対する方向性をどのように描いていくのかというのが、私は開業医の面白さだと感じています。
私たちにもそういった夢がないと、明日はつまらないものになってしまうでしょう。

私も今までに手術や急患対応でもいろんなことを経験してきましたが、そもそもそうした患者さんをつくらない医療というものを実現するために、明日はどのような絵を描くかということが大切です。

そうした医療を、大子町という大きなキャンパスに少しでも描きたいと思っており、あなたのキャンパスに、あなたの絵を描いてほしいというのが、私が送るメッセージです。