患者の生活・気持ちに寄り添う家庭医を志して
筑波大学医学医療系 地域総合診療医学
※インタビューは、2018年に行われました。文中の所属施設は、当時のものです。
医師になったきっかけ
実は、最初は心理カウンセラーになりたいと思っていました。子どもの頃は体が弱く、しょっちゅう小児科を受診し、さらに親の後ろに隠れるような内気な性格でした。小学校も休みがちだった時もあり、親が心配してカウンセリングに連れて行ったんです。そこで出会ったカウンセラーの先生がとても丁寧に話を聞いてくれて、自分の思いを上手く伝えられない子どもにも優しく接してくれる大人が素敵だなと思ったのがきっかけでした。その後人の心に興味を持つようになり、精神科医を目指して医学部を受験しました。いざ医学部に入ってみると、いつの間にか精神科への興味は徐々に薄れていったのですが、心や感情などへの興味はずっとありました。
筑波大学総合診療グループに所属されたいきさつ
医学生のときに、新聞で家庭医というジャンルの医師がいる事を知りました。その後県内(福井)で家庭医をされていた先生が開いてくれた勉強会にたまたま参加したんです。そこで、病気を見ると教えられていた医師が、ちょっとした心配事や、その人の生活や、感情や、地域の事などもまとめて引き受けている姿を見て、こんな医師がいてもいいんだ、これが自分のやりたかったことに近いかもしれない、と感じました。そんな漠然とした思いを抱きながらも、初期研修は色々な経験がしたくて、神奈川にある大学病院を選択しました。でも、2年間の研修の中で、この科に行こう、この科に一生を捧げようと思うことができなかったんです。それよりも、年齢や性別、病気の種類に限らず幅広く対応できるような力を身につけたいと思いました。元々人の近くにいて相談にのりたいというのが医師を志したきっかけでしたから。それが、まさしく学生の頃にみた家庭医の姿だったんですね。そこから自分で家庭医の研修が出来る研修先を探し、筑波大学の総合診療グループにたどり着きました。茨城は縁もゆかりもない土地でしたが、見学に来て、内科の力を高めながら家庭医の研修が出来る場所だと感じました。
家庭医療・総合診療の道に進んで、今も悩むことだらけですが、後悔したことは一度もありません。県内の病院や診療所など様々な場で研修してきて、患者さんの生活に近い場に行けば行くほど、病気だけ診ていても問題解決に至らないことがあると実感しました。私たちが病院で患者さんと接するのは、外来だと1カ月から2カ月に1回、10分程度で、言ってしまえば99%が私たちの知らない時間です。患者さんにとっては病気というのはほんの一部で、その他に大切にしている物事を抱えながら、家族や地域など、様々な関係性の中で生きています。それらを考慮せずに病気だけ治そうと考えても、それはとても難しいことです。きっと患者さんにしてみれば当たり前のようなことでも、多くの医療者にとっては見えにくいことなのかもしれません。このような考え方が出来るようになっただけでも、この道を選んで良かったと思います。
ハワイでの指導医団国外派遣事業に参加された感想
2017年11月、茨城県が主催する指導医団国外派遣事業に応募し、10日間ハワイでアメリカの医療制度や教育体制、指導方法に関する研修を行ってきました。
海外に旅行や学会以外で行くのは初めてで、もともとアメリカに漠然と先進的なイメージがあったため、始めはとても緊張しました。研修医の指導に関しては、人材と時間に恵まれていると感じました。印象的だったのは、ある病院の見学の際に指導医の先生が、「ここの病院は、レジデントが全員インフルエンザで倒れたとしても診療に支障がないようにできている」と言っていたことです。さらに、外来と病棟の診療が完全に切り離されているので、指導医も午前中の時間全てを研修医との患者さんに関するディスカッションに費やしていました。日本では研修医はマンパワーとして考えられている所が多いので、人材、時間に余裕があり、安全な環境で教育が受けられるという事は素晴らしいと思いました。日本で同じような体制を作れば良いという訳ではないと思いますが、この研修を通して特に、時間をかけて研修医一人ひとりをよく見ること、丁寧にフィードバックをする事の大切さを理解することが出来たので、今後実践していければと思っています。
若手医師・医学生へのメッセージ
まずは、できるだけ広い視野を持って、一つの物事にとらわれない見方をしてほしいと思います。私の専門は家庭医療・総合診療なので関わる疾患や人々は比較的多様ですが、それでも医師の世界はごく狭く、特殊な場所です。私は10年前、自分が今のような働き方をしているということは、全く想像がしていませんでした。ちょっとした興味や人とのつながりが、今の自分を作ってきたのだと思います。世の中には面白いことをしている人たちがたくさんいます。医学生だから、医師だからと自分の道を一つに決めず、興味を持っていることはどんなことでも大切にして欲しいです。
最後に、人間らしい医師になって欲しいと思います。人は誰しも、喜びや楽しみだけでなく、痛みや不安などを抱えて生きています。私たちもそうです。しかし、自分が医師になりたくさんの患者さんを診ていると、そのような感情を忘れがちになってしまいます。これは私自身への戒めでもありますが、人として当たり前の感情が分かる、医者である前に人であることを忘れないようにしたい、忘れないで欲しい、これが私から皆さんへの一番のメッセージです。